nekohirokoroom335の日記

何がなんでも楽しく生きるって決めたのだ。

前の日記から2か月経った

令和5年度分の仕事は終わり、あと1か月ほど暇している。

お母さんから「死にたいって言わなくなったら、痩せたら結婚できる」と言われた。そう思う、私も。

死にたいってでも最近言わなくなった。

過去の日記を見たら死にたいばっかりだったし、クリニックでは胃のけいれんまで出ていたが・・・。

自分は胃のけいれんが起きても仕事をしようとする生真面目さがある。

というか、死にたいと言う気持ちもある意味生真面目さ。

自分がちゃんと稼げない、ちゃんと結婚できない、ちゃんと彼氏とうまく関係を築けない。「ちゃんと」っていう意識が強い。

そうやって自分の首を絞めていると、人に対しても厳しくなって、誰にも相手されなくなる。自分にも、他人にもやさしくしたい。

最近それが出来ている。

 

プログラミング教室。

飲み物にこだわりがあるカフェ。

胡蝶蘭をもらった湯島のバー

骨董市のおじさん

コラムの担当者

体操教室

 

皆いい人だ。

自分の能力やいい子だなぁ~って部分を認めてくれる人が増えた。

体操教室で自分の身体の固さを認識し、ほぐすことを意識するようになった。

フォームローラーも購入してゴロゴロしているが、ぐっすり眠れるようになった。

自分はやはり緊張、不安が強い人なんだと思った。

将来待ち受けている恐怖、死ぬんじゃないかっていう恐怖、稼げない恐怖、いろんな恐怖、不安を正面からキャッチして死にたいと思ってしまう

抜け道とか、サポートしてくれる人とかきっといるはずなのに、そちらに視野が狭くて向きにくい。

もしかしたら個人事業主として食っていけるかもしれないのに。

親だって資産形成のやり方教えてくれたから、もしかしたらfire族みたいに楽しく生きられるかも。

がつがつ週5で働かなくても、時々躁鬱っぽくなっても、検査の仕事が出来るんだから、それをすればいいんだ。

 

「ちゃんとやらなきゃ」っていうのは確定申告の時も同じように思ってすごく不安だった。でも意外と出来た。自分には出来ることが意外とあるんじゃないか。

 

「ちゃんとやらなきゃ」が、身体も心も緊張させて凝り固まってしまうのではないか。

自らボールに当たりに行く感覚。あるいはネジをぎゅっと絞める感覚。

もう少しうまくすり抜けたり、逃げたり、休んだり、楽しいことをした方がいい。

身体を思いっきり弛緩させる練習をした方がいい。

「こんなもんでいいか」って思える練習。

多分博論が書けなかったのも、「こんなもんでいいか」精神がなくて、「ちゃんとやらなきゃ」精神が強すぎた。

今のコラムの仕事はラフに書くように指定されているから、それが逆に頭のいい練習になる。

 

死にたくならなくなった理由は、おそらくネジを全開にしているからではないか。

空気が通っている感じがする。ふわ~っと生きているような、軽やかさ。

そういう軽やかさが人には魅力的に映るんではないだろうか。

まずはストレスがない生活が一番いい。それでネジを緩める練習をするというか、緩んでいる感覚を味わう。そこから徐々に負荷のかかる仕事をするのがいいと思う。

フォームローラ―でのストレッチもルーティンにした方がいい。

 

そういえば元カレの整体師にも悪態をつくことがなくなった。

なぜだろうか。体操教室に行く前から安定していたけど。

きっかけが複数あって分からない。単純にクリニック辞めたのもあると思うけど。

心理士がいう、コミュニティの輪は広まってきた。あと自分はルーティンワークが好き。心理士とのカウンセリングも、毎週金曜15:00と決めるようにしたら、メンタルが落ち着くようになった。今は隔週で体操教室だから、元カレの整骨院も隔週(毎週月曜16:00頃)にしようかなと思っている。本当は毎週行きたいところだが、金銭面と、それからいろんなところに行き過ぎという面から、隔週。

 

ロールシャッハのスコアリング、放置している

よっぽど悪い反応だったのだろうか。

でもそういう侵襲性の高いカウンセリング・投影法はあまり興味がなくなってきた。

自分もカウンセリングで反復強迫の話あたりから頭がおかしくなったから、そういうの向いてないんだと思う。

それより、生活の基盤を整えたり、頭や心のネジを緩くする方法を考えた方がいい気がしてきた。実際問題、カフェに出向いたり、体操教室に行ったり、コミュニティを作ることを意識したらすごく良くなったから、そういうコミュニティに属するとか、外に出るとか、ストレッチをするとか、外部にアンテナを張って、楽しそうなものに参加してみるフットワークの軽さと、自分の身体と心を緩める方法を徐々に体感したほうが効果があった。自分は心理士の「コミュニティを作れ」という発言でここまで来たし、あんまり心理士が分析的に言わなくても、少しの助言で良い方向に行くんじゃないかな。

そういう伸びるセンスがあるというか。逆に言われすぎると良くない傾向にあるかな。

具合が悪くなるというか。

そこを今日面接で話したいと思う。

 

お腹痛い

髪の毛切ったのにブス。でも気に入っている

痩せたと思いきや太った

 

今やっている業務の仕様が一部変更になったので即座に対応しろ、報酬アップするからと言われる。事実上のクビなのかなとも思うが・・・。真相は分からない。

事務の担当者(女)に聞いたけど、苦笑いされた。使えねぇ。なんにも分からないなら、素直に分からないと言えばいいのに。うすら笑ってんじゃねぇよ。

とりあえず、バージョンアップする予定の内容を外部のオンライン研修で勉強した。

仕事のため、と割り切って早送りで見ていたが、思いのほか面白かった

自分のやってきたことが、研究で裏付けられていたことが分かって嬉しかった

同じことを考えていた心理士の先生がいた、ということも心強かった。

そして本家の研修会より分かりやすかった。この先生のところで勉強してみようかなと思う。

 

お腹が痛い。生理前だからか、以上に眠気がする。12時間寝た後、まだ布団の中にくるまって、14時にウーバーして、15時になっているなう。

 

父親と喧嘩した(二日前ぐらい)

父親がプレゼントしてくれた草花、カトレアの本、いよかんなどが入った段ボールが遅延して送られてきた。配達員が悪びれもせず届けてきたことに憤慨した。

イライラしながら、父親にスカイプ。父親は喜んでほしかったのに・・・とイライラして「そんな怒ってるなら捨てちまえ!」といつもの吊り上がった目で脅迫してきた。

迫害感を感じた。そして、私もムカついて、クリスマスプレゼントの時に一筆もらった手紙まで捨ててしまった。今回もらったアネモネもゴミ箱に捨てたけど、母親にアネモネがかわいそうだから鉢に戻してあげなと言われて土に植え直した。今のところ、アネモネは元気にピンピンしている。葉の色も綺麗な緑色だ。

プレゼントで「喜んでほしい」と思うのは相手のエゴだ。ただし感謝の念がない自分も、他者の気持ちがわからない人間かもしれない。そして、ふてくされておじいちゃんの家に押し掛けるぞまで脅迫めいたことを母親に言ってしまい、母親を泣かせてしまった。母親はかわいそうな子だ、私が死んだらこの子は「私は悪くない!」っていう正義感、怒りを誰にぶつけるんだろうか。こういう「怖い」という気持ちを、tmsmさんとかにぶつけないでね、と言われた。

本当にぶつけてしまいそうで怖い。

悲しくなってしまった。親亡き後を心配されている。働けないとかそういうことよりも、そういう精神面を心配されていることに悲しくなった。

父親は怒鳴りながらも、私に甘い。

東京で一人暮らしをよく頑張っていると褒めてくれる

だから今回もいよかんを詰めて送ってくれた

申し訳ない。

抑うつポジションになった

自分は怒り、正当性を主張しないと気が済まない。そして相手に90%非があることを120%責めてしまう。だから相手に怖がらせてしまう。相手の事情をくみ取ったり、ちょっと冷静になってから相手とコミュニケーションを取るということが出来なくて、「私は悪くない」と思ったら即座にヒステリックにラインしたりスカイプしたり電話をかけたり、迷惑なコミュニケーションを取る。それはS先生と喧嘩したときとおんなじじゃないか。

でも、tmsmさんにそういう攻撃的なエネルギーを向けないだけましになった。整骨院も1週間に1回程度になった。「あ、そういえば行ってないな」って気づいたら、1週間経ってる感じ。よかった。

でもそのエネルギーが直接家族に向くようになってしまった。

 

iphoneのヘルスケアで心の状態、その時の気分を快不快で記録できるようになった。

記録している時は調子が良いが、本当に記録が悪い時は「大丈夫」と安心しきって記録を忘れていたり、あるいは「記録できる体力」がなく、書けないときもある。

そういう時こそ、少しでもいいから、ボタンをタップする。

快、不快。それだけでいいから。

ちょっと頑張ってみる。それだけで変わる気がする。自分を見つめられる気がする。

 

hsgw先生が今は仕事はしないで楽しいことに専念したほうがいいとのこと。

scも教員とのコンサルテーション等調整役があるので・・・とやんわり「今はダメ」的なことを言われた。

ちょっとショックだけど現実的な判断だと思う

自分はどうやったら楽しいことを仕事にできるのか。

別に心理の仕事じゃなくてもいいのではないか。

古民家でワークショップやる、お茶会するみたいな感じでもいいと思うんだ・・・。

場所代を取ってそこで誰かに集まってもらったりするのもいいね。

そしたら駐車場経営とか自販機経営とかいいかもしれないとか思い始めた。

バカかな。

 

最近痔が続いている。

お腹が痛い。

体調の悪さはメンタルの悪さに直結してるから、がんばってケアしていこうと思う。

 

最近父親が母親を通して謝るようになってきた。それはいい傾向かもしれない

間接的だけど謝罪の意を示すようになった。それは父親のすごい成長だ。

 

父親も丸くなって謝るようになったこと、一つのモデルケースなんじゃないか。

自分も別に本人にすごく感謝したり、土下座して謝る必要はないけど・・・

誰かを通して謝ったり、褒めたり、感謝の意を伝えてもいいよね。

だから父親は頑張って成長しているから許してあげるんだ。

ただ、父親も私も、怒るときは瞬間的に怒るのに、謝るときはタイムラグがあるんだよね。そこは気を付けたほうがいい。

ちょっと時間を置いて、気持ちをクールダウンできる自分を作るといい。

イライラしてるとおもったら、いったんiPhoneのヘルスケアに一言メモを添えておくとか。あるいは頭の中に「とても不快。ヤマトが来ない」とスケッチパッドのようにイメージしていると、気持ちが冷静になれるかもしれない。

 

昨日、美容師さんに、知能検査の行動観察とか、映画鑑賞とか「観察」が好きなんですね、と言われた。確かにそうだ。でも自分の気持ちをモニタリングすることは全然できない。感情が入りすぎると解離するし、無意識にキャッチしすぎたり、敏感なようだ。

他人は観察できるのに、植物の観察はできるのに、その技術をどうして自分に生かせないのか。

あぁ、そうやって自分を責めない。

ちょっとセルフモニタリングしてみようと思う。

 

きっと父親が年老いてどんどん丸くなったりどんどん視野が狭くなっていくのを悲しく思うことが、抑うつポジションになるんだと思う。父親とともに成長したいと思う。

自分は父親のことを大事にしたいと思うが、同一視したり、過度に攻撃的にならないようにしたい。

 

仕事はなくなるかもしれないが、よく考えたら成人版の方は、新しい職場に入った瞬間バージョンⅢからⅣにいきなり取り組んだし、とりあえずマニュアル通りにこなせば何とかなる気がする。動画を見て勇気づけられた。この先生のこと、好き。

 

頑張ろうと思う。なんとかなるさ。派遣会社の対応が、ひどすぎる。

インボイス対応しろ」→免税でもおっけー

「新しいバージョンに対応しろ」→アナウンスなし

 

母親にも恐れられていると思うと、悲しい。

母親は根本的にひとを信用していない

父親のこともまだ許していないと言っている

私のこともきっと可愛いとかそんなこと思ってないと思う

 

自分しか自分のことを律することが出来ない

でも生理前とかコントロールできない

どうしたらいいんだろうか

異常な眠気、食欲。家事も出来なくなる。

レポートも書けなくなる。

今日は神田橋処方の漢方2種類と、かんばくたいそう飲んだ。

それぐらい気持ちが落ち着かない。

今日は風が強い。

 

カトレアの花芽に蟻がたくさんくっついて、密を飲んでいる

かわいい

他の昆虫に花芽を食いつぶされないように、ありがボディガード役になっているらしい

感動した

そういう日常の面白い記録がある

カトレアはアリ植物らしい。

 

今日はちょっと死にたい。

なんで死にたいんだろう。

コーヒー飲んだからかな。

カフェインは死にたくなる気がする。

同じカフェインでも日本茶だと気持ちが落ち着く。なんでだろう。

でもカフェイン飲む前からイライラしている。

ウーバーの配達員が身分を名乗らなかったから、コミュニケーション不足と評価しておいた。ちょっとかわいそうだと思った。

 

どうしたら幸せになれるかずっと考えている

自立は難しいんだろうか。

死にたい。

楽しい生活ができること、あんまり悩まなくてもいいんじゃないか。

自分はマイナス10歳遅れているんだから、22歳で就活に悩んでいる学部生と同じ感じなんじゃないか。全然働けなくて大丈夫。

ということは42歳でちゃんとするのかな。

生きているのかな。

楽しいことして生きていきたいな。痩せたいな。下痢、痔から解放されたいな。

生理痛から解放されたいな。

パートナーと出会いたいな。

苦しいな、苦しいな。

 

こういう時こそリフレッシュしたいものだが、こうやって散文を書いていると気分が落ち着く側面もある。

殴り書きみたいなメモが自分の気づきにもなる。

 

寒いことが今の自分にはつらい。

暖かい服をきて、ドアを閉めてあったかくしよう。

仕事頑張ろう。そうね、17時ぐらいから開始しようか。そしたら最悪20時には終わる。

 

ゲッキツの花が咲くとは思わなかった。レモンが3年目も花芽がつくとは思わなかった

思わぬところで、植物は着実に進化している。自分もそうやって成長している側面があるのではないか。自分にも花が咲くときがくる。絶対に来る。遅れてくる。絶対、思わぬ方向で来る。

 

日記を見返してみよう。

思わぬ成長があるかもしれない。

掃除機をかけて、水やりも1~2週間ぶりにして、洗濯して、洗濯機に入れたものをタンスにしまった。

レモンを収穫した。

インボイス登録センターにつながらない

 

境界例の話、自分に当てはまるんじゃないかとそわそわする。

今日はカフェオレも飲んだし、なんだかソワソワする。

気分が落ち着かない。

tmsmさんのところへ行くか。

 

リフレッシュ方法探さないと。

ヒヤシンスの新芽がぐんぐん伸びてきて、根っこも安定してきた。

水遣りすると、ひょろ~っと球根自体がどっかに動いてしまう時が多かったんだけど、最近は水圧に動じない。根が張っているんだろう。

地に足ついた生活をしていると、芽が出るように成長できるのか。

いや、その逆で、芽が出るから根が張って地に足が着いた生活ができるのだろうか

なんとなく人間の生き方にも似ているなと思った

自分は地に足がついた生活をしたい、安定したいとずっと思っていたが、

それには時間とたっぷりの栄養が必要なようだ。

植物は水、日光、土、で大体は成長エネルギーとなるが・・・。

人間もそうなのかな?暖かい人、暖かい器のような人、ミルクを与えてくれる人・・・。植物と人間が違うところは自分で気づいてセルフケアできることだ。

ミルクを買ってきて自分で飲むことも出来る。

 

そう考えると、怒ったとき。例えばナイガシロ、理不尽な扱いをされたとき。

怒って正当性を伝えるより、セルフケアしたほうが早い気がする

 

洗濯を一週間ぶりにした

掃除機は1か月ぶりぐらい?

食器は3週間ぶりに洗った(そのあと熱湯消毒もした。セルフケアだ)

母親にも父親にも汚いと言われた

そういえば歯磨きも3日に1回、お風呂もそのぐらいの頻度。

結婚できるのだろうか。

自分で料理した後に片づけるとか、食った後に歯磨きするとか、自分のお世話を最後まで出来ない。というかタイムラグがある。もう限界だ!歯がむずむずする!と思ったら歯磨きをする。自分のモチベーションがないと自分磨きできない。

というかこれはモチベーションの話なのか。それとも処理速度の遅さの話なのか。

多分どちらもある。ゆっくりだけど頑張ってエネルギーを使うということが自分は苦手だ。だったらタクシーでビューンと目的地まで行こうとか思ってしまう。

ゆっくり本を味わったり、そういうのも”抱える”ことなんじゃないか。

しんどいけど前に向かって歩く、しんどいけど日常をやっていく、仕事に行く、家事をするってことが抱えるってことなんじゃないか。

自分は成長したいと思っているが課題が山ほど見つかってしまいつらい。

でも本当はいいところもあるはず。

最近眠れていない。お腹が痛くて目が覚める。2日間連続7時間睡眠。本当は9時間から10時間が理想。眠れていない感じがする。

 

本当はさぼっているけど、日常のことってすごく大事なんじゃないか。

私が出来ていることは、モチベーションのあるやつ。たとえば花を育てることは枯れてしまうからちゃんと水遣りする。ゴミ出しも匂いがキツイからちゃんと出す。

歯磨きとかお風呂とかそんなに他者や自分に即効影響力のないものは、あまりやらない。でもそういうの、本当は丁寧にやった方が、血流がよくなったり気持ちいい感覚、生きている感覚がするんだろうなと思う。

日常の中にヒントが隠れている気がする。

 

すごく自殺したい。けど友達の結婚祝いにカスミソウのブーケをお花屋さんで注文した。お祝い会のために美容院も予約した。でも今ふと急に死にたくなっちゃった。

まぶしい朝の直射日光がキツイ。死にたい。

だが直射日光をカーテンで閉めたら人間らしくなくなる。

片頭痛が起きそうな嫌な予感がする。

やっぱりカーテン閉めるか。

きっと寒いのも嫌なんだと思う

 

自分はふとした瞬間、仕事が終わった瞬間など気が解けた瞬間に死にたくなる。

死にたいというか、気分がすごく落ち込むというのが正しい表現だろうか。

自分はどうしたらいいのか分からない。

とりあえず部屋の電気消したらちょっと気もち落ち着いた。

パニックになりつつある。

外に出てみようか。tmsmさんに会いに行ってみようか。

暖かくぬくぬく。お餅を食べよう。

どうしたらいいのか分からない。

思考したくない。つらい。

ご飯食べたい。ご飯食べよう。

生きよう、生きよう。

お腹が逆流性のように痛い

怒りすぎてこれ以上怒ることはない気がする

家族がホールドしてくれてる

mturさん電話出てくれる

性的な夢をここ半月ぐらいで3回見る

気持ちいいし不快な感覚はしない。絶頂を迎える時もある。でも今日は職場の女性と性的関係持ってた。めちゃくちゃなシチュエーション。

目が覚めて、起きたら夜中の2時。

身体が興奮しているのか、生きるエネルギーが湧いてきているのか分からない

もしかしたら彼氏できるのかもしれない

今までセックスしたいとか彼氏を失ってから全くなかったのが、夢では見るようになった

でも単純に怒り狂ったエネルギーが性欲に変化しているのかもしれない あるいはその逆か。

生々しい感じが、電気信号が走った感じがする。生きている実感もする。悪い夢じゃない気もするが、何回もあると怖い。自分でも抱えられないエネルギーがあるんだろう。

 

今まで彼氏欲しいなとか結婚したいなとか思わなかったけど、男性と良好な関係を築いて支えたいな…と思った 嘘かもしれない

 

刃物を持ち出した後ぐらいから、なんで他者にそんなに怒っちゃうんだろうって、自分の満たされない思いを他者にぶつけたとしても、それが解消されることは現実世界では少なく、むしろわがまま、ヒステリーと受け取られること。いや、わがままと受け取られたとしても、自分が間違っていない、不当な扱いを受けていると自己主張するのもこちらの自由ではあるが、そのエネルギーをもっと利他的な、誰かの手助けになったり人を愛したり、人の役にたつような、仕事に使ったりした方がいいのではと思うようになった。

単純に、怒ることのデメリットがメリットよりも上回ることに、シンプルに気づいた。

あと怒ると疲れる。一旦怒るとスイッチ入るから、その消耗エネルギーが、結局自分の体力、HPを奪ってしまうし、人間関係も破壊してしまうことに気がついた。

やんわり怒ったり、やんわり自己主張したり、何事も100%じゃない方がいいらしい。

自分は曖昧なものが苦手だ。

今日は京急線品川駅のホームで思わず飛び降りそうになった

ちょっと解離っぽい感じ

今だ!飛び込め!って言ってる俯瞰してる自分と、ブレーキかけてるもう1人の自分。

半分夢の中にいる感じだった

でも自分はいつでも芯に理性がある

本当に殺さないし、本当に自殺しないのだな、と思った。ただ解離してるだけ。だから解離もやり過ごすしかないのかなと思う

あー解離してるなぁ、お家帰ろうねー的な別の人格を作ればいいのでは。これが多重人格の始まりか。

 

面白いことに現実世界では解離が起きているのに、夢ではセックスなど生々しい夢をみる。

なんでだろう。

なんだか混乱している感じ

でも良い方向に向かいつつある感じも直感的にする

 

自分の人生をどう生きたいのか

mturさんは精神分析セミナーに属して、o先生のSVを継続して受けてて、ちゃんと自己研鑽していた

自分は何をよりどころにして、誰を尊敬して、何に向かって生きるのか。

ポリシーがない

宗教ではない形での、自分の中の信じる力、直感を信じなければいけないよ

自分は適度に俯瞰して見る力が弱く、あるいは、極端で俯瞰しすぎると解離してしまうし、希死念慮が強くなる 自分を愛する力も弱い 他者に認められないと生きていけない

 

人間には殺しちゃいけないという感覚的な理解があって、それはどの人間にもインストールされてると河合隼雄が言ってた

だからちゃんと叱るんだと。

 

私の脳内にも殺しちゃいけない、死んではいけないというルール、最低限の人間らしさがインストールされていて、それは直感的に理解できるし、どんなに解離していても、そこだけは守れる自信はある。

 

半分わざと刃物を振り回したり、

整骨院の前で倒れている節もある。

でも半分無意識、解離状態でやってる感じ。

ケアしてほしい、気にかけてほしい時にやるんじゃないかな。

 

自分のワクワクする、楽しいことを追求すればいいんだ

反復強迫の話から、段々と自分の向けていた怒りのエネルギーが、例えば元カレに本当に怒っているわけではなくて、満たされない思いを謝罪させる形で満たしている、それは過去のエピソードに基づいているのだ、と心から理解できた気がする だからその怒りのエネルギーは、他者に向けるものではなく、あぁ怒りたかったんだねぇと自分への理解、慰めに繋がった

ああ不機嫌だったのはお腹が空いてたんだと後になって分かる感じ それを他者に向けてしまった感じ

 

精神分析の理論は面白いが、具合が悪くなる

でも、怒る気持ちがフツーになったり、生きるエネルギーが沸き起こったりするから面白いと思う。でも生き死にに関わったり、解離が起きるから難しい

でも自分は放っておいても成長する力はあるから、例えばじゃがいもの芽のように。

だから、精神分析的な解釈が、そこまで深く腑に落ちなくても、徹底操作しなくても、直感的にやっぱり怒るのは心地よくないな、感覚としてちょっと嫌な感じがするな、とか、お腹が痛くなるな、とか、そういう感じを意識すれば自ずと良くなる気もする

だからレモンの成長記録など五感をつかさどる日常の話題が大事なんだろう

結論はつけなくてもいいのでは

理論的な乙女座の私、ケアする魚座の私など、一見正反対のキャラクターを持つ自分もいるが、"人を支える"という星であることはどちらも共通している。月と太陽みたいに表裏一体なのではないか。そういうカウンセリングでもいいのではないか。

つまりレモンの成長記録は大事

これいいね、素敵だね、ワクワクするね、って感覚をもっともっと豊かに味わう、深く味わう感じ。これは小説の一言に感銘を受ける感じにも近い。こういう思慮深さが、怒りのコントロールにも繋がる気もする。

なぜ刃物を持ってしまったのかよくわからない

気がおかしかったのか

でも反復強迫な感じもする

カウンセリングも適度に理論を振りかざしたり、適度に感覚的になるのがいいのではないだろうか。感覚的になっている最中に、理論で裏付けられたことが理解できる時も来ると思うから

カウンセリングしんどかった

でもしんどい方が本当に近づいている感じもする

スピリチュアルな世界に行きたいけど、それは逃げなのだろうか。宗教でもいいんだけど…

先生は時々男性問題などで渦潮に巻き込まれているあなたと、頑張って前を向いて生きているあなたと、両方いて、前を向いて航海しているあなたを忘れちゃいけない、そちらをメインにカウンセリングを進めた方がいいと言った

でも前に向かって生きてるわたしは平均より劣っているし、それもダメなんだよね

伝わってない感じがした

自分は厳しすぎるのか。

こういう話し合いはとても大事だ。

不快な感情をどうしたらいいのだろうか。

カウンセリングを受けると具合が悪くなる

お久しぶりです

元カレに対してしつこく攻撃的になってしまったり、喧嘩するのは「父親に対する満たされない思いを元カレにぶつけている。反復強迫だ」と心理士に言われました。

反復強迫を徹底的に調べて、その通りだと思った

元カレに対する怒り、憎しみ、嫉妬心みたいなものはなくなった。

その代わり、兄、父親、母親など、肉親に直接怒りが向くようになった

兄におじいちゃんを連れて甥っ子を会わせる企画を立ち上げたが、時間が早すぎるだの、授乳中どうするの等、後だしで文句を言われ、喧嘩になった。

私が事前に午前中に訪問すると許可を得ているにもかかわらず、後から文句をつけてきた。腹が立ったので「事前に許可を得ているじゃないか」と正論をぶちかますと、「だからいいって言っているじゃん」とか、ふてくされたり、別の話題をふっかけてくる兄に対して、さらに怒りが湧き、しかも兄嫁が迷惑そうにしている様子も見受けられたので、兄嫁にも「どういうおつもりですか?」とラインした。

そういう喧嘩をしてしまった。兄の話にならない「あーいえばこーいう」返答の仕方、謝らない感じ、正論を追及すると既読スルーする感じが、過去の男性陣(sw先生、tmsmさん、kyu君など)と全く同様の傾向だと思った。父親的な、というか父親がよくやる、謝罪しない感じ、母親に暴力を振るっている、というどう考えても理不尽な、不当な扱いを受けていることに対して「それはDVだ」と正当性を主張しても、謝らず、暴力がなくならない、あの父親的な感じが、兄にも透けて見えた。

結局、兄=父親なのだ。兄も父親のことが嫌いらしいが、結局謝らないところは似ている。

 

というか、兄にかかわらず、男性に対して言いたいのだが、こちらが不当な扱いを受けたり、理不尽な扱いをされたり、ないがしろにされた時、「それは間違っている。なぜなら~だ」「もし○○であれば、△△すべきだ」と正論を主張すると、男性陣は決して謝らず、まるで私がヒステリーを起こして、攻撃してきたかのような、話にならないみたいな扱いをする。でも、私は本当のことを言っている。

なぜ正当性を主張しているのに謝らないのか。

例えばこれはタクシーの運転手にも同様の傾向にある。

「○○までお願いします」と目的地を言うと、タクシーの運転手は本当は分からないのに「はい」とか了承したふりをして、カーナビに目的地を入れたり、「○○通りを通ればいいんですかね?」と確認してきたりする。そんなことするぐらいだったら、最初から「すみません、この辺の道はあまり詳しくなく・・・ナビを入れてもよいでしょうか」「ご指定のルートがありましたら教えてください」等、正直ベースで物を言うべきだ。それなのに、あたかも「知っているふり」をして、しれっとナビを入れたりする。そういう感じが、本当に男性的でムカつくと思ってしまう。

女性はそういう感じがあまりなく、正直な感じがするし「どの道がいいかな?」と一緒に相談するような、暖かい雰囲気がある。男性はそういうプライドの高さがある。

私はそのプライドの高さをへし折るような正当性、理詰めで正論を言うのだが、それがどうやら怖くなったり、うざいと思われたり、もう関わりたくないとブロックされてしまうようだ。本当は私は謝ってほしいと思っている。そして「あなたの言う通りです」と言ってほしい。でも、謝らない権利も相手にはあるし、それをするとなぜだか嫌われしまうのが世の中らしい。

 

 

まぁ、そんな話はさておき。というか閑話休題

兄と喧嘩して、謝ってもらえなかった。

そして、ムカついた。

この怒りは反復強迫だと思った。

父親、母親に電話した。おじいちゃんの件どうなっているのか、と尋ねたい気持ちもあった。電話に出てくれなかった。親も私のヒステリーに恐怖を抱いていたらしい。

ムカついた。反復強迫がますます強固なものになった。

特急に乗って、実家まで帰った。はさみと包丁を持って。

 

父親は警察を呼ぶぞと言ったが、そんなの嘘なのはお互い分かっている。

めんどうなことになるし。だから母親をつねったり、少し強めに叩いたりした。

なぜ反復強迫が母に向いてしまったのかわからない。

叩いてしまう自分を俯瞰して遠くから見つめている自分がいて、「やってんなお前^^」と冷静に思っている。ただし、その俯瞰している自分があまりにも遠くにいってしまったので、「やめよう」「どうにかして離れよう」とか、現実的な対処法が浮かばなくて、とにかく叩いてしまう。「なんで叩くの?」と親に言われて、「分からない」と言った。「お母さん仲良くしようや!」とやくざ口調で言った後、叩いてしまった。本当にキチガイになってしまった。遠くにいる自分も「だいぶキチガイだね」と言っている。でも、助けてくれない。

 

そういえば、包丁を持っていくとき、1人暮らしの家で心理士に「今から刃物を持って実家に行きます」とメールした。電車に乗って向かっている最中に返信が来て、「それは絶対に抑えてください。家族に見立てた絵やぬいぐるみを殴ってください」とパンチしている絵文字付きでチャーミングに返事が来た。一瞬心が安らいだ。でもその効果は5分だけ。結局包丁を両親に向けてむき出しにしてしまった。

 

「父親を殺したい」とはっきりと言った。そしたら、父親は意外とあっけらかんとしていて、「俺を殺したら遺産がもらえないぞ!笑」と言っていた。

そして、母親と庭めぐりして、今咲いているバラや菊などを眺めて、気を休めていた。

父親が私をさそってくれて、庭で出来た伊予柑をプレゼントしてくれて「1か月後に食べろ」と言った。そして、庭に咲いている大輪のバラ、香りが素敵な小さなバラ、かわいいクリーム色の菊をプレゼントしてくれて、部屋に飾りなさい的なニュアンスで渡してくれた。父親の花束づくりが、私を鎮静化させた。

父親を殺したいというのが反復強迫の大きなエネルギーであり、それを達成しようとしていたのに、結局父親に助けられてしまった。

そして母親から2万円、父親からも2万5千円もらって、お小遣いまでもらって東京に当日帰った。滞在時間は3時間ぐらい。

 

父親の私に対する扱い方は上手だなと思った。

でも殺したい。

でもなぜ母親をなぐってしまうのか。

本当は、喧嘩した兄を突撃したってよかったはずだ。

セキュリティの強化されたマンションに住んでいるのでできなかったというのもあるが、甥っ子に会いたいと思ったからやめたのもある。いつか仲直りして会えるかなと思ったから。だから行き場のない思いを母親にぶつけたのもある。父親だったら殴り返されるかもしれないから。でも今の年老いた父親だったら殴り返せる自信もある。

次に、また同じような反復強迫が起きた時に、父親を本当に殺してしまうのだろうか。

でも年老いた父親を見て、少し反復強迫の復讐心がマイルドになった感じもある。

本当に殺したら、やばいな、というか、かわいそう。

お父さんを大事にしてあげたい。

お母さんも長生きしてあげたい。

もう私も30歳を超えていい年齢なのに、いつまでも親のせいにして、前に進めないのはもったいないと思った。

小学校の時に担任の先生が許せないと怒鳴って不登校になったあの時の易怒性が、まるでトレースしたかのように、全く同じ怒りっぽさになっている。コントロール不能な怒り。でも父親の花束づくりで癒されたけど。

 

帰りに包丁を家に持ち帰ったら、袋が真っ二つに割れていてもう少しで保管していたバックに穴が開きそうだった。危なかった。本当に銃刀法違反で捕まってたかも。

でも捕まった方が我に返れるかもしれない。窃盗罪などで捕まる人は、見つけてほしくてわざとそうしていると聞くが、気持ちがよく分かる。自分で誰かを見つけてほしい、ストップしてほしい、ケアしてほしいのだ。

 

京葉線で東京駅に向かっている時、海から富士山が綺麗に見えた。夕焼け時だった。

我に返った。生きようと思った。

東京駅に着いた。出口を間違えて、皇居の方まで歩きそうになった。タクシーを待っていてもよかったんだけど、イルミネーションが綺麗で、東京駅までぐるっと一周して帰った。東京駅に月が出ていた。もう少しで満月になるらしい。

タクシーで家に着いた。アブチロンが5輪も咲いていて「寂しかったよ!おかえり!」と言ってくれたような、そんな感覚がした。すごく元気に咲き乱れていた。やっぱり東京で一人で生きなきゃと思った。そういう、視界に月や花が強制的に入ってくるような、注意の切り替え方法があるといいなと思う。自分が積極的に外に出たり、能動的に動かなきゃいけないのかもしれない。あと安藤裕子みたいにタトゥーいれて願掛けしたりね。タトゥみたら、気持ちが落ち着きそう。

 

反復強迫を理解することは、他者の目、「第三者の目」が入ることになる。

「第三者の目」が入ることで、電気信号がショートするのを防ぐことができる

「いったん待っておこう」「これはやめとこう」とか、俯瞰して立ち止まれるらしい。

「第三者の目」というのは、自己評価につながるらしい。例えば「自分はよくやっている」と自分を肯定的に思えるのは、第三者の目があるから。他者の評価に振り回されたり、過敏になってしまうのは、「自分の中にある第三者の視点」がないから、誰かの一言で傷ついたり、その他者の評価=自己評価に繋がってしまうらしい。

そうなんだーと思った。今の時代、SNSとかでいいねをもらいたがるのは、別に悪いことじゃないと思ってたけど、本来ならば自分で「いいね!」とジャッジすべきな事柄を、他者にゆだねているのかもしれない。

 

まあそんなことはどうでもよくて。

反復強迫を父親に向けられて、結局結果オーライだったかもしれない。

兄とは絶縁になるかもしれないが。

反復強迫に対して、父親が一生懸命対応してくれる感じがよかった。

闘うというか、喧嘩して抱きしめ合った感じ。

まぁいっかって思う。

これで、次の彼氏とか、次の男性トラブルとか一生起きなければいいのになと思うけど、そんなことないよね。きっとまたやっちゃうよね。でもやらない気もするよね。

兄、父、母(家族全員)、元カレ(全員)、と近い距離感の人に大体やってきたから、、、、。