nekohirokoroom335の日記

何がなんでも楽しく生きるって決めたのだ。

最近仕事の疲れが出てきたのか、なんだかとっても疲れている。

水曜日は行き帰り両方タクシーを使った。

今日(木曜日)は15時まで布団の中にいて、17時頃にようやく起きて、今18時で洗濯物とかノンカフェインのコーヒーを飲んでいる。

まったりして、薬飲んで寝るだけ。

暴飲暴食も激しくて、コーンフレーク、ヨーグルト、豆腐、ありとあらゆる冷蔵庫の中を漁って食べている。非常によくない。

 

仕事の量がどんどん増えている。レポートの作成が間に合わない。被検者の検査中の様子とか覚えてない。でもそんなもんなんだろうか。

今の担当の人は、仕事量が増えたら「この日は検査入れないで」とお知らせしてほしい、配慮する。と言ってくれた。とても助かっている。

自分のペースで仕事が今のところできている。

 

母親の職場の新人スタッフが早く決まるといいな。確実に決まりますように。

 

手紙を書く友達が欲しい。手紙書きたいなぁ。かわいいレターセット持ってねぇ。

自分宛に書いちゃおうかな。

 

でぃずにー行きたいな、椿山荘行きたいな、銀座の文房具屋さんに行きたいな、、。

楽しいこと沢山したいなと思っている。

 

頑張りたいなぁ。楽しいことをするってことを頑張りたい。

新年あけましておめでとう。TO自分。

唯一の友達に彼氏ができた。結婚するのかな。

マダムもいつかいなくななっちゃうのかな

母親の誕生日にスタッフドオリーブをプレゼントした

喜んでいたけど母親は体調不良で寝込んでいた。めまいがするらしい。

会社の事務員が辞めることにより新しい事務員を募集したが、誰も応募してこないらしい。新年早々、そんなに早く応募する人いないよ!とか、派遣会社に頼んでみなよ、とか、占い師や社長に相談してみなよ、と後押しするがどれもダメ。社長に相談してみたの?と一言優しめに私が言っただけで、ふわふわめまいが突然押し寄せてきたらしい。

母親、長生きしてほしい。

母親は最近おばあちゃんが生きてたことを思い出すらしい。死期が迫っているのかもと笑いながら言っていたが、悲しくなるからやめてほしい。私が元気になったのを見届けられたから、もう死んでもいいやみたいなことを言っていた。

 

私は元気になったのだろうか。

確かに働き始めていい感じ(仕事は楽しく続けられている。もう新しい職場で働きはじめて1か月は経つ。もうひとつの職場は1年経過しそう)だし、フリーランスの道として順調に歩んでいるような気がする。そして、私の感覚として上手くいきそうな気がする。自分はやりたくないことはやらない、やりたいことだけやるというポリシーを徹底して、博論も書かなかったし、検査の仕事だけしかやってこなかったが、それで10万程度今稼げているんだから、いい感じなんだと思う。そして、その生活が拡大していって、1人で食っていける図が思い浮かぶ。大丈夫な気がする。

昔高校の講師や某研究所でスタッフをやっていた(修士時代)が、あの時のしんどさから比べると、今の仕事は「楽しい」という感じがする。いや、正確には、自分の得意なことをコンスタントに続けられている感覚に近い。例えば彼氏に突然フラれたとしても、次の日もちゃんと出勤して、ちゃんと仕事をいつも通りこなせるような、そんな感覚に近い。それは自分の特技、本当に得意なことかもしれない。自分が彼氏を亡くした時、植物の世話をすることは欠かさずにしていたけど、それに近い感覚がある。

そうか、植物のケアをすることと、仕事をコンスタントに続けることは同じなんだ。

 

今は植物にとっては厳しい季節で、寒いんで、朝から夕方は陽を浴びさせて、夜以降は室内に植物を入れて暖めている。父親の教え。

それをほぼ毎日できている。嬉しい。それは自分の自信になる。

きっと仕事もそういう感じで実りのあるものになっていくでしょう。

 

それを母親、父親に見届けてもらいたいなと思う。

 

今年の目標は特に決めてないけど、心理士からは仕事はまだセーブして、遊ぶことをとにかく心がけろと言われている。

私も今の生活スタイルが合っている。週2~3仕事して、他の日に家で書類書いたりして、他はカウンセリングや通院、旅行やショッピング、母親やおじいちゃんの世話をやってる。それがいい。投薬も今のままでいい。今の薬がないと、眠れない。別に減らしてもいいんだけど、あと1年くらい様子見たほうがいい。あんまり薬は変化を起こさない方が良い。それよりも食事と運動をちゃんとしたい。タクシーの生活飽きた。

バスに乗って仕事したい。

 

時々S先生をいじめてしまったこと、研究室の後輩をいじめてしまったこと、MTさんをいじめてしまったこと、全ての人に懺悔したい、死にたいと思う時がある。

たまにふと死にたいと思うときがある。まだその感覚はある。

死にたくないのに、口癖みたいに「死にたいな」とトイレでぼそぼそいったりする。

恵まれた環境にいるのになぜ。というかこれ以上不幸なことが起きてほしくないという強迫観念が根っこにある気がする。

母親も死んでほしくない。

誰も死んでほしくない。

誰のことも攻撃したくない。仕返しされたくない。

優しい世界にいたい。とか。

仕事も大変な状況にならないでほしいとか。

そんなことを思う。今以上完璧な状態はない。

でもちょっとずつ困難な状況に陥り、それをなんとかして乗り越えるって感覚なんだろうな。

 

仕事の件は多分大丈夫。

 

そういえばお兄ちゃんがラインブロックしてきたとき、怒って「マンションの保証人、契約解消しますよ」と言ってしまって(元旦あたり)、少し躁状態かもしれない。

躁状態希死念慮が少し混じっている気がする。

ちゃんと寝たい。

 

お正月の疲れが今出てるのかも。

今日は報告書2枚書いて終わりにしましょう。

そうね、15時からやりましょう。

がんばりましょう。

 

きっと大丈夫。自分の未来は明るいよ。

「死と再生」の一年!

今年を振り返ると、もう博論を諦めるしかなくて、そんな中彼氏が死んじゃって、大変だった。でも、その中でも自分は働きたいんだ、頑張って、生きる方向に向かいたいと強く強く思うようになった。何かを諦めることは、何かが新しく始まることなのかもしれない。博論を出せないと決まった瞬間から、長年悩まされていた腰痛もすっかりよくなった。自分は心身症だったのね!

 

彼氏が亡くなった&博論を諦めた4月から、私は様々な楽しいことをした。

高校生からのファンである安藤裕子のライブに初めて行けたこと(しかもブルーノート東京!)、軽井沢、三島、長瀞に旅行に行ったこと。

仕事もずっと「検査の仕事をしたい」「検査屋さんとして食っていきたい」と願っていたが、今の仕事は全部検査の仕事。週3で検査やってる。心理士にそれを話したら「実力があるからそうなった」と言われた。嬉しかった。

夢が叶ったことや、夢中になれることを沢山経験した。

でもこれらは私の実力があるからだろうか?

周りの心理士さんやら占い師さんに「頑張れ」と背中を押されて、なんとか生きてこれた感覚がある。私は精神がだめになると「頑張れ!」と言ってくれる人が欲しくなる。それを、私の安心できるチーム(心理士、占い師)がやってくれた感じがする。

すごくありがたいことだった。家族も金銭的な援助をしてくれた。私はとても恵まれている。

実力って何?って感じだけど、私の検査結果の書き方は誰にも負けない。誰かにとって「確かにそうだ」と心のつかえがとれるような、そういう的確なフィードバックになるように心がけている。その書き方、書く内容が、誰にも負けないと思える。

先輩のレポートを読んでも「私の方がもっと上手に書ける」と思ってしまう。

なんででしょうね。

それが才能なのでしょうか。それが実力なのでしょうか。

頑張りたいなぁ。

検査の天才、専門職と言われるようになりたいなぁ。

 

来年は個人事業主としてちゃんと生きていきたい。

っていうかそういう肩書を取っ払って、楽しいことを全力で頑張りたい。

楽しむって能力を開花させないと、うつになったときにリカバリーできない。

これから親も数年で亡くなる。心理士も精神科医もいなくなっちゃう。

私のサポートしてくれる人がいなくなるこの3年以内に、大体は食っていけるようになりたい。元気に、自立して生きていきたい。

 

あとは、「怖い」と他人に思わせちゃうので、その怖さを仕事に生かしたい。

対人関係に使わない方がいい。

 

私の恐怖はまた似たように同じ大学、同級生、先輩、大学関係者の人達と仕事しなくちゃいけない場面が来そうな嫌な予感がする。

2度あることは3度ある。

怖いなぁ。

 

でもね、仕事をしっかりしていれば大丈夫だと思うんだ。

「あいつ性格悪すぎだけど、アセスメントに関しては天才的なんだよね」って。

そう思われるように頑張りたい。

 

頑張る頑張るって何を頑張ればいいのか分からないけど、自分が「楽しい」「得意」と思えるものを突き詰めたいと思う。楽しいと思う感覚は、ラクって感覚に近い。正確には大変だけど、例えば恋人にフラれた当日でもなんとか仕事として仕上げられるような、そういうラクな感覚。「どんなに自分のコンディションが悪くてもこの仕事だけは仕上げられる」と思えること。それが自分の得意なことだと思う。自分の検査の仕事は、そういう感じ。だからきっと検査の仕事を極めるんだろうなあ。

 

楽しみな年だ。

身体には気を付けたいと思う。胃が苦しくなるまでお菓子食べちゃうの無意識の自傷行為って感じだから、腹八分目で抑えたいと思う。

なんか今日は甘いものが食べた過ぎて、豆腐に黒蜜かけてむさぼってた。

 

生きていて楽しい感覚。持ち続けたい。

 

親しか味方がいない気がする

明日死んじゃったらどうやって生きていけばいいんだろうか

 

元カレに対して罵詈雑言を浴びせてしまった

言った後にブレーキが利かなくなった感じがして、もうこれは関係が終わったと思って、途端に死にたくなる。死ねって相手に思う気持ちが強すぎて、結果的に自分にブーメランで帰ってきちゃう。自責感。もし相手が私の言動のせいで自殺しちゃったらどうしよう、親に訴えられたらどうしようと思ってしまう

それか私が起業したら口コミに悪口書かれるんじゃないかとか

sw先生の時もそんな感じだった

加害恐怖がある。謝っても許してもらえない。関係性が崩れてしまう

そんな自分がいや。

 

自分の感情をコントロールできずに理不尽なこと、許せないことがあると自己主張強めで罵詈雑言浴びせてしまうの、もうやめたいし、今日からやめる。

やめるって言ったんだからやめる。

今まで心理士に何度も繰り返しこの話をしてきたけど、「どうしたらいいんだろうね・・・」という感じで話をするのみで改善しなかった。これを1時間話して、6000円×n回してきたわけ。ってことは怒りが収まらないことに関しての話題で10万近く、10時間近く心理士と話し合ってるわけ。そんなのに改善しないのは馬鹿らしい。

もっと自分のためによくなるように努力しなきゃ。

というわけで、怒りそうになったら「まぁ相手の気持ちは変えられないから」「自分の気持ちを第一優先にしてはいけない」と一歩俯瞰で見つめる気持ちが大事なんじゃないかと思う。自分を沸騰しているヤカンだと思って。「今私ヤカンになってる~!」と想像して、ヤカンの湯加減が落ち着く、クールダウンしていく感じをイメージする。イメージ療法をしてみようかなぁと思う。イメージは気を休めるから。

よく頭の電気をシャットダウン、ブレーカーを落とすイメージを浮かべることによって気持ちが落ち着くという人がいるが、あれを私もやってみようかなぁと思う。

頑張ろう。それとユーモア。「お前ぶさいくだな」と言われたら、チャーミングに「お前も口臭いやんか!笑」と笑って返す。そういうやりとりができるようになりたい。

頑張りたい。自分なら出来る。

元カレは死なない。死んでも自分のせいじゃない。自分のせいだとしても気に病む必要はない。生きるしかない。

自分は楽しく生きるしかない。

 

フリーランスとして生きていこう。

絶対大丈夫、自分なら出来る。

出来るに決まってる。自分は幸せになるために生まれてきたんだから、苦しいことをしなくていい。

楽しく生きればそれでいい。

あと身体の健康を守れたらそれでいいんだ。

大丈夫なんだよ。

あと1年で絶対に幸せになる。というか、もう今日から、昨日からすでに幸せなんだよね。

楽しく生きる。

某アルバイト受かった。来週から働く。

ちゃんと人とやりとりできるだろうか・・・。

怒らずに「は?」とか言わずに、ちゃんと人にニコニコ愛想ふりまけるのか。

爆発しないだろうか。心配。

 

kyuちゃんが私への優先度が低く、親友と飲みに行ってた。

それなのに私は「体調良くなってからね」と。

死ねばいいのにと思った。

てか私は彼の中で死んでるんだよね。向こうは彼女もいるし、働いてないから私にヘイト向いているし、ndkちゃんとおなじ思考持ってそう

だからもうブロックしてもいいんだよ

嫌いなんだよあいつ

ていうか嫌いにならないと前に進めないんだよ

ブロックしてもしなくてもダメだよ

彼を死んだことにして、人生を進めないと。

でも自分が殺してしまったようで悲しい。

人の気持ちは変えられないのに、変えようとしてしまう。

良くない兆候が出てきてしまった。

まずい。彼からの返事はいつも通り会えないって言われるの分かってたのに。

 

でも昨日夜7時に寝て、朝の7時に起きたからいいよね。

寝られてたら大体のことは良くなるから。

 

もういいや。今までありがとうございました。

障害者年金もらって一生暮らしてろよ

いつまでもお腹痛いって言って何もしないで生きやがって

 

でも情緒的なサポートはしてもらえた。

ありがとう、そこは本当に感謝しています。

 

なんか死にたい。前に進めない。

体重が減った。足が痛い。

順調に生きている(楽しいし、よく寝ている)んだけど、何か大きな病気にかかって死んでしまうのではないかと恐怖におののいている。

検査のバイト、少し増えたらいいなと思っているが、こころのリハビリ中なのでその時間配分が難しい。。。1泊2日ぐらいの旅行には行きたいし、中休みで平日休みたい。

楽しく生きたいと思っていたが既に楽しく生きているようだ、親の金で。

料理をしてそのあと片づけるのが人生なのかもしれない。

ちゃんと稼いでみたい気もする

SCの募集が10月ぐらいだったから、あと来年の春から秋まで休んでみたいと思った。

でもきっと仕事はある。大丈夫。

 

最近、日曜日に近くのカフェに行ったら、お昼ごはんの時間帯で子連れがわんさかいて、食事が出てくるのが遅かった。

でも私は何回もそういう場面に出くわしているので、最初にドリンクバーを頼み、自分で優雅にお茶をしながらご飯が出てくるのを余裕で待っていた。

自分の中で余裕が出てきたのを感じる。

前もって対策すること、反対に世の中にはコントロールできない場面があることを知った。うまく対処できた例だった。

昔は調剤薬局で薬剤師が態度悪そうにしていると「あの人態度悪い」とかいちゃもんつけてた。でも、それはいろんな理由で態度が悪くなっているのかもしれないし、非難できないし、自分も完璧な態度を取っているかと言ったらそうでもないし、自分が同じ立場でクレーム言われたらいやだなと思った。

他人にやられたら自分が嫌だと思ったことは、他人にもやらない。

自分=他人ではない。他人が考えていること、作り出した状況は変えることはできない。

自分はコントロールしたがる。躁状態の時はそういう傾向にある。「謝れ」とか「なんでそんなことするの!」とまくしたてたり。相手を脅かすことで、自分が怒っていることを示して、謝罪させようとする。それはよくない。

でもコントロールしようとしている、ということは、生きようとしていることなのだ。

コントロールできないけど、自分なりに上手く予測したり対処したり、あるいは「どうしようもない」と割り切ることが、自分の人生を「生きる」ことなのだ。

自分は躁状態になる前はコントロールしようとしなかった。他人に関与しようとしなかった。今は人にすごく興味がある。でも歩幅を合わせたり、うまくツッコミいれながら相手のことを大切にする、という適度な距離感が取れない。

旅行に行くと、自然の川や海、山に囲まれ、人と会話することがない。

多少寂しいが、自然のパワーをもらっているので話しかけてもらった気になる。

自分はちっぽけな人間だ、大いなる自然に守られているという感覚は、自分が「コントロールできない」感覚につながり、いい意味で「どうしようもないことは、どうしようもない」と割り切ることができるようになった。明日の仕事、憂鬱だけどケーキ食べて頑張ろう、早めに寝て明日に備えよう、とか現実的な対処で割と気持ちが落ち着くようになった。

 

レモンやハイビスカスを育てているが、それらが適度な気温や水分など栄養が与えられるとすくすく素直に育っているのをみて、とても嬉しくなる。自分も親の愛情、セラピストの見守りなどいろんな心の栄養をもらって、すくすく育っているのかもしれない。レモンみたいに黄色く実る日がいつか来るといいな、と思った。

植物はある程度放っておいても根が出たり花が咲いたり、生命力がすさまじい。

自分もそういう潜在的に眠っている力強さ、生きてやるぞ!という生命力があるのではないか。レモン=自分なんじゃないか。

きっと大丈夫だと思った。

 

というわけで、旅に出たいです。

次は富士山見たいな。

 

チャーミングな自分でありたい。

最近、神様にお願いするときは自己紹介するように「こんにちは。○○と申します。~の件でご相談です。~が~の方向に行きますように、具体的には○○が起きるといいなと思っています。神様どうぞよろしくお願いいたします。」と具体的な相談内容、実現したいこと(現実的に可能な範囲で)を言葉にして、神様にお願いした。具体的には、今やっているバイトの拡張版みたいな仕事が週1ぐらいであって、スキルアップできますように。それから応募したバイトが受かりますように、とお願いした。きっと受かる。まあ落ちてもいいんだけどw占いでも具体的な悩みを1個言うように、と指定する占い師がいるが、それと同じ感覚かもしれない。これは田口ランディのエッセイから身に着けたやり方なんだけどね。

 

いい感じ、地に足のついた生活を維持しましょう。

頑張れ、私。

今の髪型が一番気に入っている。耳にかけるショート。オン眉の前髪。黒髪。すべてがよい。

 

最近躁状態ではないような、幸福感を感じる。

躁状態の幸せ!っていうのは何もかもが手に入った幸福感というか、そんな感じ。支配下にあるというか。だから買い物にお金つぎ込んたり、人と過剰に関わろうとする感じ。何かに駆り立てられたような幸せだったりする。でも今の幸せって、旅行行けたりとか季節のシャインマスカット食べられたりとか、近所のパン屋さんで出来立てのパン食べられたり・・・。そういう幸せ感。日常の中にひっそりとたたずんでいるものを味わう、自然とともにいる感じ。心が穏やかになれる。

 

最近の目標は食べる量を全体的に減らしてみることかなぁ。

健康が第一なので。今なんの病気もなく暮らせてることに感謝やね。本当に。

30年の積み重ねがあっという間に崩れてしまうような、そういう病気の方とか事故に遭う方もいるから、自分が生きられているのは奇跡かもしれない。

 

楽しく人に迷惑をかけずに生きたい。

今はこころのリハビリ中だと心理士が言っていたが、もうちょっとリハビリしたい気持ちが私にもある。あと半年、1年ぐらい。

クリニックに勤めたい気持ちがある。自分の専門性、アセスメントの道を極めたい、磨きたいと思っている。いろんな検査を組み合わせることができるような、投影法検査も組み合わせたアセスメントしてみたい。

 

向上心を忘れずに生きていきたい。

 

カウンセリングに通っているけど、もう通って何年になる?

大学院休学の時から通ってるっけ?記憶にないけど、思い出せる限りだと26歳ぐらいからだと思う(D1から?)ということは、今年で5年目か。

心理士さんには助けてもらった、抱えてもらったという印象しかない。

前向きなアドバイスもしてくれた。旅に行こうと思わせてくれたのも先生のおかげだ。

わたしにとって恩師は自分の心理士かもしれない。

m先生を超えた存在になりつつある。

なんというか、ただ前向きなアドバイスをするんじゃなくて、数年後、数十年後のライフプランを見据えて、かつ「生きているのが楽しい」という感覚を持てるためにはどうしたらいいか、を提示してくれているように思える。

未来が見える、まさしくアセスメントのプロなんだろうなと思った。

検査から見いだされるアセスメントじゃなくて、話を聴くことによって想像して組み立てる、しかも一緒に悲しみも嬉しさも味わってくれるような、そんな存在。

なかなかいない。

5年を通して感じたことは、彼氏とか男性トラブルが多いということと、論文とか強制力のある課題が重なるとパニックになる(焦燥感に襲われる)こととかかなあ。でもそれでも乗り越えられたのは本当に偉い。自分はよく生きてこられた。

彼氏ほしいとか今は思わない。子どもも欲しいと思わない。ただただ、楽しく生きたい。自己中心的かもしれないけど自分のために生きてみたい。

そう思ってる。